人口が減れば、町の機能はそのぶん縮んでいく。
そういうストーリーが通用するなら、ある意味わかりやすい。
でも、新宮市はその通りには動いていないように感じる。
私は紀の川市に暮らしていて、新宮は決して近いとは言えない距離にある。
けれど、国道42号を南へ走っていくと、風景が変わる。
海、山、川、その距離感がぎゅっと詰まって、町の役割の質感が変わってくる。
新宮に入ると、暮らしを支える仕組みが、妙に集まっているように見える。
人口の数字だけじゃ測れない何かが、ここにある気がしてならない。
そこで改めて考えてみた。
今、新宮に残っている「地域の機能」とは何なのか。
私は大きく3つの方向で整理してみた。
命を守ること
暮らしを回すこと
人を呼び込むこと
この3つはバラバラではなく、絡み合いながら動いている。そんな仮説を立ててみた。
命を守る機能が残り続けている理由
新宮市には、新宮市立医療センターという大きな病院がある。場所は蜂伏あたり。
医療というのは、人口が減ったからといって、すぐに不要になるようなものではない。
むしろ人口が少なくなっても、高齢化が進めばニーズはむしろ濃くなる。
通院の頻度、救急搬送の件数、それぞれが一人あたりで重くなる。
こうなると「少ないから削れる」という発想は通用しない。
それに、新宮は自分の市域だけで完結していない。
那智勝浦町、太地町、古座川町、北山村。
さらには県境を越えて、熊野市、御浜町、紀宝町といった三重県南部の町からも、暮らしの機能を求めて人がやってくる。
病院、消防、災害対策。
これらは一極集中になりやすく、頼れる拠点が1つあることの意味は大きい。
熊野川の流域に広がるこの地域では、水害や土砂災害のリスクもあり、防災機能は常時必要だ。
道の駅
瀞峡街道 熊野川なども、観光施設というだけではなく、非常時の交点になりうる。
平時には目立たないけれど、有事にこそ効く。
そういう機能は、削りたくても削れない。新宮には、そういう「残る必然性」がある。
暮らしを回す機能が切れずに残っている
市役所がある。春日のあたり。
役所というのは、毎日使うわけではないけれど、人生の節目には必ず登場する場所。
転入、転出、子育て、介護、税金、福祉、そして災害時の支援。
人口が減っても、手続きの数や種類がゼロになるわけじゃない。
だから残る。そして支える側もまた、減らせない。
日常の買い物も同じように支えになっている。
イオン新宮店、オークワ新宮駅前店など、JR新宮駅周辺には生活圏を構成する店が揃っている。
車がなくてもなんとかなる立地というのは、人口が減ったあとの町ではかなり重要になる。
周辺市町村から新宮に出て、買い物をまとめて済ませて帰る。
そんな暮らし方が定着しているから、店舗も一定の集客を保てる。
店が生きているから、暮らしも止まらない。そういう相互依存が見えてくる。
そして忘れてはいけないのが、生活インフラ。
ごみの処理、上下水道、道路の維持。
これらは目立たないけれど、町の存続を支えている。
町の人口が減っても、橋も道路も住宅地もすぐには減らない。
だからインフラの維持コストは、一人あたりで見るとむしろ重たくなる。
そういう時、拠点としての新宮が機能する。
自前で整えてきた暮らしの仕組みを、周辺とゆるやかにシェアしている。
その姿勢が、地味だけど頼もしい。
外から人を呼ぶ機能もまだ息をしている
新宮には、外から人が来る理由がいくつもある。
熊野速玉大社。神倉神社。新宮城跡。
これらは、単なる観光地ではなく、信仰や歴史と結びついている場所。
だから流行に左右されにくい。
にぎわいが一過性になりにくいのは、新宮の大きな強みだと思っている。
交通インフラにも目を向けたい。
国道42号が海沿いを貫き、国道168号は熊野川沿いに内陸へ伸びている。
そして新宮道路が整備されれば、さらに通過しやすくなる。
通過がある町というのは、そこに泊まらなくても機能が発生する。
燃料補給、食事、トイレ、買い物、観光の途中下車。
これらがすべて、町の息づかいにつながっていく。
三輪崎のあたりには新宮港もある。
海の物流、防災、漁業、観光。いくつもの役割が重なっている。
線でつながる町、新宮。点ではなく、線で存在しているからこそ、機能が残っていく。
新宮市を周辺の町と比べてみたとき見えること
少し引いて周辺を見てみると、新宮の立ち位置がよく見えてくる。
那智勝浦町は、那智の滝や那智山青岸渡寺など、観光要素が強い。▶那智勝浦町のページ
太地町も漁業の印象が濃く、古座川町や北山村は自然と暮らしが密接な山の町。
どれも個性的だけれど、医療や買い物、行政といった機能がまとまって揃っている町は少ない。
三重県側の熊野市や紀宝町も含めて、生活の支点を新宮に預ける構図ができている。
その意味で新宮は、観光都市というより「生活拠点」として機能している。
中心性が自然とできあがっている。
大竹市や土佐市と同じ人口でも 残っている機能の厚みに差が出る理由
新宮市と人口規模が近い自治体に、広島県の大竹市や高知県の土佐市がある。▶市町村人口ランキング
でも、地理や都市構造を見れば、その違いははっきりしている。
大竹市は、広島市や岩国市といった都市圏に囲まれていて、生活圏が分散できる環境。▶大竹市の人口関連記事
土佐市も、高知市という強力な隣接都市に近く、分担が成立しやすい。▶土佐市の人口動向について
つまり、拠点機能を「他に預ける」選択肢がある。
新宮市にはそれがない。
都市圏が近くにないという事実が、逆に自立した構造を必要としてきた。
だからこそ、行政、医療、商業、交通、すべてを「自前で抱える」形になっている。
同じ人口でも、背負っている範囲が違えば、機能の残り方も全然変わる。
これは新宮の「役割の重さ」と言ってもいいかもしれない。
私が今思っていることを、まだまとめきれないけれど
最後に、自分の中で今のところ見えている感触を少しだけ書いておきたい。
新宮市に残っている地域の機能は、住民のためだけにあるわけじゃない。
広域的な生活圏の中で、支点となる場所としての意味を持っている。
たとえば
新宮市立医療センター
新宮市役所
イオン新宮店、オークワ新宮駅前店
国道42号、国道168号、新宮道路、新宮港
これらは、新宮だけじゃなく、周辺を含めて暮らしの基盤になっている。
もちろん、それを維持するのは簡単じゃない。
苦しいだろうし、縮小のプレッシャーもあると思う。
でも、新宮はまだ踏ん張っている。
機能を減らすのではなく、役割を濃くする方向で動いているように感じる。
私は、今のところ、そういう仮説でこの町を見ている。