九度山町(くどやまちょう)という名前を、最近やけに耳にするようになった。
いや、正確には「耳にする」というより、気になって仕方なくなった、が近い。
同じ紀の川市に住んでいながら、車で少し走れば着く距離なのに、
近すぎるがゆえに、逆にちゃんと向き合ってこなかった町。
それが九度山町だ。
📍九度山町。
読み方はくどやまちょう。
和歌山県伊都郡にある、山と川に抱かれた小さな町。
ふとしたきっかけで人口を調べてみた。
2025年12月1日現在、人口は3,643人。
平成27年、つまり2015年には4,377人だったというから、
10年ほどで700人以上、静かに、確実に減っている。
数字だけ見れば、よくある地方の話だ。
でも、紀の川市在住の身としては、
その「よくある話」を、簡単に流す気にはなれなかった。
🚗
九度山方面へ車を走らせると、
紀の川の流れが視界に入り、
アスファルトの音が少しずつ柔らかくなる。
窓を少し開けると、
土のにおい、草のにおい、
どこか懐かしい湿った空気が鼻に入る。
この瞬間、胸の奥で
「昔、こんな匂いの場所で遊んだな」
という記憶が、勝手に立ち上がってくる。
👃👂👀
鳥の声がやけに近く、
人の気配がやけに遠い。
それが、寂しいかと聞かれると、
不思議と「怖さ」はない。
むしろ、時間がゆっくり流れているようで、
こちらの呼吸まで整えられてしまう。
ただ、商店のシャッターが閉まったままなのを見ると、
胸の奥が、きゅっと縮む。
「ここで、誰かが毎日店を開けてたんやろな」
「夕方になったら、常連さんが来て、
どうでもええ話をしてたんやろな」
そんな想像が、勝手に始まる。
😌➡️😢➡️🙂
懐かしさが来て、
寂しさが来て、
それでも、どこか希望を探してしまう。
九度山町といえば、
真田幸村ゆかりの地として知られている。
歴史の看板や案内板が、町のあちこちにあり、
それを目で追いながら歩いていると、
「この町は、過去をちゃんと背負ってる」
そんな気がしてくる。
派手さはない。
観光地っぽく無理に笑ってもいない。
でも、
「うちは、これでええんや」
そんな声が、町全体から聞こえてくるような感じがする。
👣
平成27年から令和、
そして2025年へ。
人口は減った。
それは事実。
けれど、
人が減った=価値が減った、
とは、どうしても思えない。
むしろ、
残っている人の存在感が、
以前よりも濃くなっているように感じる。
朝の空気を吸い、
川の音を聞き、
季節の変わり目を肌で感じながら、
この町で暮らしている人たち。
その生活は、
数字では測れない重みがある。
🍂🌸🌿
正直に言えば、
「この先、大丈夫なんかな」
と思う瞬間もある。
若い人は少ない。
空き家も目につく。
でも同時に、
「ここやからこそ、できること」
も、確実にある。
静かさ。
自然。
歴史。
人の距離感。
都会ではお金を払っても手に入らないものが、
九度山町には、普通に転がっている。
それに気づく人が、
これから少しずつ増えていけば、
町の形は、また違ってくるんちゃうやろか。
😏
紀の川市に住んでいると、
つい「うちの市は便利やし」と思ってしまう。
でも、
九度山町を見ていると、
便利さだけが、正解やないと教えられる。
懐かしくて、
ちょっと寂しくて、
それでも、ちゃんと希望がある。
そんな感情を、
行ったり来たりしながら、
九度山町は、今日もそこにある。
数字は減っても、
町の鼓動は、まだ聞こえる。
次に通るときは、
もう少しゆっくり歩いてみようと思う。
五感を全部使って、
この町の「今」を、もう一度確かめるために。